永遠に追いかけっこ

しげおかだいきくん

祝・2周年

2015年5月8日、わたしは重岡大毅くんを担当と呼ぶんだ、と宣言した。

 

重岡くんに出会うまで十数年もの間、嵐の櫻井翔さんを1番好きであるという理由で“担当”と呼んだ。担当とは?なにかわからなかった。好き、ただそれだけで良い。担当なんて「自分の好きな人を紹介するのに都合の良い言葉」でしかなくって。渾名みたいなもんだった。

 

初めて重岡くんを認識した時、いま思えばあれは完全に一目惚れだったのに、その気持ちに一度蓋をして。二度目で気付いたけど、その蓋を少しだけ開けて覗いてから逃げた。三度目の時にはもう、二度も蓋をした分余計に気持ちが溢れて溢れてどうしようもなかった。 

担当って呼びたい、よくわからないけどこの気持ちのことなのかも知れないってそう思った。そうだ、身を任せてみようって思った。

 

わたしはとんでもない人に、とんでもないグループに出会ってしまったな…と改めて思う。

 

櫻井さんよりも大きな愛はどこにもないと信じていたわたしは、いつの間にか別のところで大きく大きく育っていた愛に気付いてしまった。

あの時そんな気持ちから目を逸らしていたら、この2年の間に目撃した沢山の奇跡にも、沢山の幸せにも、素敵なフォロワーの皆様にも全部出会えなかったんだなと思うと当時の自分よくやった!偉い!と褒めたい!

 

ジャニーズWESTというグループのこと、メンバー7人それぞれのこと、知れば知る程会えば会う程好きで好きでたまらなくなって、そしてジャニーズWESTのことを好きな人たちのことが彼らと同じくらい好きで。
この2年間色々なことがあったけれど、それでもいまのわたしが胸を張って「幸せだ」と言えるのは彼らの存在が大きいし、これから一体どんな幸せな場所へ連れていってくれるんだろうどんな景色を見せてくれるんだろうと本当に楽しみで仕方がなくって。そんなことを考えているだけでもとっても幸せ。

 

 

この場を借りて言わせてください。

以前から仲良くして下さっている方々、この2年前の間に出会った方々、いつもありがとうございます。こんなわたしに良くしてくださる方が沢山周りにいること、本当に感謝しています。

これからも宜しくお願いします。

 

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おめでとうがいっぱい


重岡大毅くん、

溺れるナイフ」出演おめでとうございます!

漫画読まない人間なので原作も読んだことはないんですが、噂の段階でどきどきわくわく、ようやく発表されて更にどきどきわくわくが止まりません。素晴らしい予感しかしないね。


ジャニーズWESTさん、

「逆転Winner」リリース決定おめでとうございます!

立て続けに嬉しい発表、かっこいい〜!だいすき〜!ってただただ嬉しいです!楽しみ!



私事ではありますが、

maiohs.hatenadiary.jp

カウントダウンアプリをインストールしてこの記事を投稿した日付を入れておいたら、つい先日300日というキリのいい数字を迎えまして。

f:id:maiohs:20160308021420j:image 

浮かれてちょっと加工しました。ハート飛ばしちゃいました。

重岡くんっていうのか、デビューするのか、好きだ…って一目惚れしたあの瞬間、

その後色んな言い訳をして重岡くんのことあんまり見ないようにしてたあの時期、

そしてブログにもう降参ですと宣言したあの日


色んな言い訳っていうのは、「嵐の15周年をしっかり見たい」っていう使命感から来ていたんですけど、これって自分の中で絶対王者だった櫻井さんを重岡くんが超えるかもしれないってわかってたからなんですよね。わかってたならもう少しちゃんと向き合っていれば後悔は少なかったかなあ…って思う最近(あの雑誌なんで買わなかったんだろう、とかすごく思う)


嵐さんがデビューした当時、櫻井さんを好きになった当時、わたしは小学生で。どう頑張っても櫻井さんと嵐の全てを追うことは出来なかったあの頃、「もっと早く生まれたかった」とか馬鹿なことばっかり考えて。ジャニーズJr.だった櫻井翔をリアルタイムで見たかったしデビュー後も色んなことを一緒に喜びたかった。小学生の時も中学生の時も好きでも購買は難しかったしずっと苦しかった…ずっと。今も嵐さんのことを考える時はこういうモード入ったりする。

重岡くんにもう少し早く出会いたかったっていう気持ちも勿論あります。正しくは出会っていたのに気付かなかった、だと思うけど。重岡くんに出会うまでのわたしは何故だか少し関西への苦手意識があって、アイドル誌の関ジュのページを飛ばしがちでした。そりゃ出会えないわ、当たり前だわ、当時のわたしがんばれ。

でも今を、ジャニーズWEST重岡大毅を、応援することが出来て本当に幸せだなあって。

こうやってリアルタイムで喜びを感じることが出来て本当に嬉しいなって。ここのところ続いている嬉しい話題の中で日々感じています。

そして嵐さんを応援する中で感じていた「もっと早く生まれたかった」という気持ちは、なんとなくだけど変わってきてる気がする。

重岡くんに出会えたこと、ジャニーズWESTに出会えたこと、わたしにとってすごく大きな出来事だったんだなって。この300日と少しを振り返って、何が変わったかなって思ったらやっぱり応援の仕方や考え方なのかな〜

と改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。重岡くんありがとう、大好きです。




ありがとう、Japonism


ARASHI LIVE TOUR 2015 Japonism

嵐さん、その他演者の皆様、スタッフの皆様、関わった全ての皆様本当にお疲れ様でした。本当に素晴らしいツアーをありがとうございました。

今回わたしが運良く参加できたのは、11月26日の京セラドーム公演と12月17日のヤフオクドーム公演。わたしの目に焼き付いて離れない、幸せで素敵な景色がありましたので書き残しておきたいと思ってこの記事を書いています。

それは、11月26日大野智さんのお誕生日当日のコンサート。
大野担のお友達の同伴で入ることが出来たのですが、お誕生日当日ということで朝グッズに並んだ瞬間からしっかりとわかる大野担の多さ。
運悪くグッズ販売開始の少し前から雨が降り出し買ったものが濡れないかヒヤヒヤする場面もありましたが、現場の幸福感が既にそこからはじまっているのを感じていました。

大野担の皆様はやはり大野さんに似ているのでしょうか?会場の外も、中も、なんだかふわふわした幸福感に包まれ、それはいままでのコンサート当日には感じたことがない感覚で。コンサート中の熱気も、心からの祝福の気持ちも、感謝も、あんなにも名残惜しく思ったことはないくらいの心地よい空間でした。

座席はスタンド上の方、後の福岡でアリーナに入ったことで尚更、客席中の絶好調超ライトが見渡すことが出来てとっても素敵な席だったなと思うことが出来ました。そしてそこから見た景色についてが、今回わたしの書きたかったことになります。

コンサート本編終盤、櫻井→大野→相葉→二宮→松本という順番での挨拶。
櫻井さんの挨拶の時は気がつかなかったのですが、次の大野さんの時、絶好調超ライトの最初の色が青ということもあるからか客席は全体的に青く光っていました。そして次の相葉さんの時から、カチカチカチ…っとライトの色を挨拶しているメンバのカラーに変える様子が見られ始めたのです。わたしもそこからそれに便乗しましたが、それがどんどんどんどん広がっていき相葉さんの挨拶が終わるまでには緑、二宮さんの挨拶が始まる時には見渡す限り黄色になっていたのを覚えています。そして勿論松本さんの時には一面紫に。

因みに今回のツアーの公式グッズである絶好調超ライト!!は、事前に自分の座席にあるステッカーにタッチしておくと演出によって無線制御に切り替わる仕組み(フリフラ)を採用されていて、本当に美しい光の演出でした。
しかし挨拶の時に目の前に広がった同色の光は、観客ひとりひとりの意思によるもので。挨拶を終えたメンバーに拍手を送りつつ次のメンバーを迎える為にカチカチ色を変える姿が客席全体でシンクロしていて、それがなんだか可愛いなあと思ったりして。恐らく、誰かがやろうといって始まったことではありませんでした。だけど気付いたらみんながそうしていた。とても心に残っていますし、本当に美しい景色でした。

勿論、福岡ヤフオクドームでのコンサートも色々思うことがある公演でしたが本当に楽しかったです。本当に大好きな素晴らしい演出の数々を2度見ることが出来る幸せ、嵐さんのコンサートで初めてのアリーナ席でもありましたので、喜びもひとしおでした。しかし京セラと同じようにライトの色を変えてみても周りには全く広がらなかった為、今回は京セラでのことを書かせて頂きました。



今をどう生きる?

「好き」を精一杯表現すること、
「好き」と真剣に向き合うこと、
「好き」を決して諦めないこと

これからも嵐さんを、この5人を、ずっとずっと好きでいるんだろうなと改めて思いました。
本当にお疲れ様でした。



9しゅうねん

 

 だそうです、自担。

個人的なことを言うと、 

maiohs.hatenadiary.jp

 この記事を書いてから5ヶ月が経ちました。


人生初の担降りでした。


重岡大毅くんが、ジャニーズWESTがくれる全てが大好きで、大好きで大好きで仕方ないです。


9周年、そのうちのたった5ヶ月。

だけどとても充実していて、楽しくて、とにかく幸せです。


「一発めぇぇぇぇぇぇぇ」本編、ドキュめぇぇぇぇぇぇぇンタリー全て観終わりました。

まだ担当と呼んでいなかった頃の重岡くん。だけどごめんね青春は毎週欠かさず見ていて、今となっては既に片足を突っ込んでいた頃の重岡くん。


確かに、この時重岡くんや他のメンバーが何を想い何を感じ何に苦しんでいたかとかそんなことはわからないけれど、この人達のことを好きになれて、一番に応援したいと思ったことを心から誇りに思います。

そしてそんなきっかけになってくれたのが重岡くんであること、おそらく重岡くんに出会えなかったらこんな素敵な時間を過ごすことは出来なかったんだなって、本当に感謝しています。

だからもっとはやく出会いたかっただとか、思ってしまう時があっても絶対に口にしないって決めました。

その分、これからの重岡くんやジャニーズWESTから絶対に離れない。

デビューするまでの道のりは一緒に歩んでこれなかったけど、彼らがデビューしてからのキラキラ輝く景色を一緒に見ることが出来る。そして、何かあった時に少しでも支えになれる様な景色を作ってあげたい。そう思いました。



9周年おめでとう。

9周年を祝わせてくれてありがとう。

これからも、よろしくね。


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気持ちが迷子



「ARASHI LIVE TOUR 2015 Japonism」

自分名義は福岡、友だちの同伴で大阪の公演に当選しました。

わたしの名義、やっと仕事してくれた…!
正直、当落がいつくるか知らなかったのと当選メールが来るのが久しぶりすぎて、なんかかわいいメール来たけどこれはほんもの…?って疑ってしまう程でした。

最近のわたしと嵐コンといえば

昨年、友だちとも予定が合わなかった為ひとりで申し込みあえなく撃沈(落選)

その前年、当選するも柱しか見えない席

さらにその前年、友だちの同伴で1公演、その次の日の自分名義の席はメインステージ真横の席でほぼ嵐さんの姿は見えず、なんならOP登場前に嵐さん出てきて5人で円陣組んでるとこが1番良く見えた…

こんな感じだったので、そろそろなにかいいことが起きる筈…!っていう期待すらも薄れつつあって。嬉しい…素直にただただ嬉しい。神様っていたんだね!ありがとう!!!!!って暫くにやにやしたりして。



その3日後、推しが卒業を発表しました。


HKT48後藤泉ちゃん。

わたしが48のヲタになったのは6年前、それから今もずっと北原里英ちゃんを推していますが、地元福岡で活動をするHKT48が結成されそれからしばらく経ってから劇場に足を運ぶようになって。

いーちゃんは、いつもわたしの視線の先にいました。
HKT48劇場に行くようになったきっかけは本村碧唯ちゃんでした。
実は数ヶ月前までHKT48の推しは碧唯ちゃんだったのですが、次第に同じ公演に出演している碧唯ちゃんよりいーちゃんを見ていることが多くなり、誰を観に来ているか伝わり易いあの小さな劇場の中でいーちゃんに精一杯のエールを送りたくて、いつの間にか必ず持って行ってた碧唯ちゃんのグッズを持って公演に入らなくなりました。代わりにいーちゃんのグッズを持って。

北原里英ちゃんは今も48グループにいます。
推しの卒業を今まで1度も経験していないことがどれだけ幸せなことか、理解しているつもりでした。でも全然理解出来てなかった…

卒業には色々な形があるけれど、今回の後藤泉ちゃんの場合は芸能界そのものからの卒業です。
彼女を遠くで想うことはできても、今彼女がどこでどう過ごしているかは想像することしか出来ません。
それがどれだけ辛いことか。きっと、今思っているよりもっとずっと辛い。


だけど、沢山の笑顔をくれたいーちゃんの卒業を笑顔を送れなければきっと後悔すると思うので、卒業するその時まで例え涙は流れていようが顔は笑顔でいたいなと思います。

溢れる笑顔は泉のように

これが大好きな彼女のキャッチフレーズですから。



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重岡大毅くん



大切な大切な自担、重岡大毅くんお誕生日おめでとうございます。

わたくし事になりますが、わたしは91年8月26日生まれでして。
重岡くんが92年8月26日生まれだっていうのを知ったのはまだあの子かわいいなあ程度だった頃でしたが、運命的なものを感じずにはいられませんでした。


その後重岡大毅くんを担当と呼びますと宣言をしてから約4ヶ月。

わたしが住んでいる地域で見ることが出来ない番組も多いし、まず我が家では少クラも見れないし、まだ重岡くんがいる現場に行ったこともありません。

それなのにこんなにも日々惹かれていく、好きが増していく自分がいます。

素敵な言葉を沢山くれる重岡くんが、
素敵な笑顔を沢山くれる重岡くんが、
素敵なメンバーと、素敵な人たちに囲まれて、
もっともっともっともっと素敵な重岡くんになる過程を見ていきたい。

まだ重岡くんに会ったことのないわたしが重岡くんに会えた時、彼は一体どんな言葉をくれるのか?一体どんな表情を見せてくれるのか?
わくわくします。いつどんな形になるかはわからないけど、その日がすぐ来ますように。

重岡くんと同じ日に生まれたわたしの願いは
今日も大好きな重岡大毅くんが笑っていられること...


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想いをのせて


好きなタレントさんの誕生日前にせっせと画像を加工するのが好きです。

昨日も載せたように、作った画像はあんな感じでツイートしてます。
最近専用のフォルダを作ったら、なんとシゲアキさんので60枚になりました!

f:id:maiohs:20150712223457p:image
ちなみにアイコンになっているのが記念すべき1枚目。2014年1月24日作成の櫻井翔


わたし、誕生日8月で。

夏休みの、更にみんなが必死に宿題に取り掛かる終わりの方で。
本当に、祝ってもらった記憶がほぼなくって。

そのトラウマ的なのがあったり、元々記憶力が良いのもあってか、人の誕生日は異常に覚えていて。
身近な人のお祝いをするのは苦手(そして見返りがあった経験がない)だから普通に覚えてるけど黙っていることも多くて。

誕生日って特別な日だと思えずにいたんです。わたしの誕生日は毎年いつもと変わらない1日だったから。

でも、やっぱりわたしに日々力をくれる人たちの誕生日だとそれはまた違うなって思って。
スマホからiPhoneに替えて、加工できるアプリを色々試したりして、そしてやっと実際に生誕画像を作ろうと思ったのが当時の担当櫻井翔さん。
Twitterって文字だと制限があるし、そもそも毎年毎年そんなに長々と気持ちを書くのもどうかな、と思って。

いざ作ってみると、お誕生日を迎える方のお顔をしっかり見ながら何回も何回もやり直したりすることで、その分気持ち込めてお祝い出来る気がする。
気持ちを言葉に変えることが苦手なわたしでもちゃんと表現できる。


ちなみに今月に入ってシゲアキさんは3人目です。


忙しかったりで作れないこともたまにあるけど、これからもわたしなりに深い愛情を形にしていけたらなと思っています。

どうか、わたしの下手くそな画像を見かけても温かい目で見守ってくださると有難いです( ¨̮ )



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